UOUSAOU

右往左往するアラサ―女子の、気ままな備忘録・雑記です。

【寄稿】「傷つくことに絶望しない」ということ

りっすん様に寄稿させて頂きました。この度は書かせて頂くご縁をありがとうございます。

自分の心の奥底を紐解くプロセスだったので、結構心が痛くなったりしたのですが、悲しいことがいっぱいあった分、予期せぬ救いとかもあるし、とりあえず死んでたまるかボケ!という気持ちを新たにする、いい機会になりました。

人の死を目の当たりに、「とりあえず生きていれば何とかなる」という真理を我が身を持って知りましたし、数年前後追い自殺とかしなくて本当に良かったんだと今は思っています。しぶとく生きるぜ。

www.e-aidem.com

白昼夢

都営地下鉄に乗っていたら、彼が乗ってきたので驚いた。
ああそうか、この駅は、大学の駅だもの、当然か。

「やーやー、元気?」
う~ん、暑くて寝苦しいからか、最近昼間に居眠りしたり白昼夢見るんだよね。
「白昼夢って、知性・創造面で高い脳のキャパがある人がみるらしいで!脳の活動が効率良いからだって。なんやこないだネットニュースバズってんで」
ほらみろ、案外私賢いんだから。
「まじめな話、夏バテしてへんか?」
めっちゃしてる。食欲もないし扁桃炎気味なの。
「ユキ、冷たいものばっかり飲むやろ!常温の飲み物飲みって何年も夏に僕言うとるのに、ほんまきみは言うこときかへんな~」
体の熱を取ったほうがいいじゃん。
「違うねん、胃っていうのはな、冷たいものが不得意やねんて。冷たいものが入ってきたら消化鈍るんよ」
ハイハイ……来年はアイス食べるのもやめます。で、君はどこに行ってきたの?その紙袋はどうみても古本屋さんだね?
「ご名答、僕、神保町に行ってきたんよ、内村鑑三この初版やっと見つけてきたんやで。あと、ユキが好きそうだと思ってこれ、もう読んだ?」
彼はニコニコしてアランの「幸福論」を差し出した。
もう読んだよ、あと、大学の授業でもテーマになった。でもあんまり私はよく分からなかったな。幸福って論じるもんなのかなってそもそもから分からなくて。きっと優は取れないだろうな、あのレポート。
「ユキに勧められたガルシア・マルケスの『百年の孤独』と中上健次の『岬』『千年の愉楽』やけどな、僕にとっては中上健次奈良県のあたりは比較的エリアが近いから、中上健次が敢えて激し目に書いている方言が、僕にはなかなか生々しく感じるねん。僕のいた島の方言にも近いねん。だからたぶんユキよりも僕の方が、中上健次の"高貴で穢れた血"は感覚的に入ってくるし、読むのにエネルギーがいるんよ。なんやろ、当たり前やけど、死んだ爺さんの言葉と似てんねん。」
私は北国の人間だからなー、確かに中上健次の"おどれ"みたいな方言はもはや外国語で、ガルシア・マルケスの作品を読むのと同じくらいアウェイなんだよねぇ。
「せやろ、でも僕にとっては、ガルシア・マルケスマジックリアリズムはアウェイなんやけど、中上健次はほぼホームなんよ。だから読むのにエネルギーいるねん。押し込めたイエへの怒りとか悲しみが溢れてくるねん」
ごめん、勧めなきゃよかったかな。なんか、でも、私は自分の代わりにイエや地元の地縁みたいなものに中上健次が代わりに怒ってくれて、自分の気持ちがいくらか救われたんだよね。血に対して怒ることは即ち自分自身への怒りだからさ、私みたいな中途半端な暗い人間には成し遂げられないことなのよね。
「ユキはそれでええねん。でも僕は中上健次とまではいかなくても、地縁や血に怒りを持ってしまうねん。中上健次はモチーフとして何度も父親殺しを描くけども、おそらく中上健次は作品の中で父親殺しをすることで自分を救済してたんやな。」
うー、難しくてよく分からなくなってきたよ。
中上健次も作品を残さなかったら、家族を殺したり、自殺したりしてたんと違うかな」
私ははっとした。
「でも、僕後悔してないよ。自殺してよかった。僕の人生はこれでええねや。でも、ユキはちゃんとリタイアしないで、ばーさんになるんやで。皺皺になったら笑ってやるねん。」
そう言って、彼は消えた。
私は乗り換え駅についていた。慌ててJRに乗り換えて、お客様先に向かった。彼が横にいたそのままの息遣いとか熱とかそういうものをついさっき会ったばっかりと感じたまま。

亡くなって4回目の夏が来た。

ファンタジー・妄想・せん妄・幻視・幻聴、それと、正常と異常。どれも私にとってよく似ていて、全部明らかに異なる。

彼はクリスチャンだからお盆なんて関係ないはずだけど、私は典型的日本人なのでよく分からないままお盆のキュウリやナスのウマなんかを用意したりして育ったので、やっぱりなんていうかなんていうかお盆は死者に対する想いがさらさら溢れていって、私は、2019年にいられなくなる。

「ああこれは妄想幻視幻聴ちょっとメンタル危ないライン、それかもしくはポジティブに言うと白昼夢」
私はそう言い聞かせてお客様先のビルに入った。

今年の夏のうちに、もう一回くらい会いに来て。ほんとはウンベルト・エーコーをお勧めしたかったの。

実家を「畳む」-実家の断捨離、始めました (書籍類)

■実家の断捨離、始めました

昨年は小さい我が家を断捨離した(下記の記事など)。
yuki-kuriyama.hatenablog.com

「実家や祖母の家の断捨離を始めないといけないね」と母とも話したし、私自身も必要性を感じたため(下記参照)、実家の断捨離に2019年の年始から着手したのだった。
yuki-kuriyama.hatenablog.com

今回は、「実家を畳む」メニューの一つとして、実家の断捨離(主に父の書籍)にフォーカスして備忘しまーす。

■実家の状況

まず、地方なので端的に家が広い。
母は超のつくミニマリストなので、実家は非常にモノが少なく、共用部においては引き出しの中までも「整理整頓の雑誌の手本か?」とみまごう程に整頓されている。

しかし、父がモノ持ちでヤバい。
例えば根拠なくダウンジャケットなどを20個くらい持っている。ということで、父のプライドを損ねないように褒めておだてて叱咤激励し、父の手で父の不用品は処分してもらわねばならない。

■実家における主な断捨離対象

実家においては衣類と書籍がメイン。
処分方法としては、「とにかく楽な方法で処分しよう・お金にならなくてもいい」という母の希望を踏まえ、下記方針で手放すことにした。

  • 衣類:安価なものは捨て、ちょっといいブランドのものは地域のリサイクルショップ
  • 書籍:BOOK・OFFの宅本便

■断捨離難易度は、所有者があいまいなものほど高い

衣類は持ち主が明確だから、難易度が低い。各自KPIを設けて、期日までに不要な洋服を出してもらい、捨てるか、回収業者さんに渡して完了。
一方で、書籍に関しては、こと家族においては、「購入者=現所有者」とは実質上限らない場合があるので、要注意というか現所有者へのリスペクトが大事。

■断捨離対象①:最近買ったけども、二度読みはしないだろう新書や文庫

家族に、
「1月何日に宅本便を発送するから、思い当たる本は出すように。お金はあとから各自に渡します」
とお触れを出して持ち寄ってもらって、私が詰め込むだけ。
父の書籍は後述の通り、特別対応を取り、私が同行して処分した。
ただし、今回は父に「本たくさん最近読んでるんだね~」と、本を買いまくっていることを認識すり合わせをした上で、
「2度読みしない本、本棚に眠ってたのを忘れていた本は不用品と心得よ」と言い渡して、父に自分で処分対象を選定してもらった。

父のコメントとしては、下記。
「監督(=私)がいるから頑張る」
「二冊買ってるものあった‥」
「読んだ記憶がない」
「確かにいらない本、ある‥」
「処分したら本棚がスッキリした、たまにやるの必要ね」
「監督が怖い」

■断捨離対象②:幼少期の図鑑・学習書籍系

ミニマリストの母ですら、
「ユキちゃんが小さい時沢山読んでいたから」
「ユキちゃんとユナちゃん(=マイシスター)の子供が読めるかもしれない」
と取っておいてくれていたものだった。

この度、母が、
「この図鑑類は情報も古いから、孫には新しいの買ってあげないとと気づいた」
と自分から言ってくれた。
きっと母も納得したのだな、処分するタイミングだな…と思い、対象に含めた次第。全捨て!

■2019年年始の書籍断捨離アウトカム

結果、ブックオフの宅本便行きは、大きめの段ボール3.5箱(1箱=ミカン箱2つ分のサイズ)となった。
父の書籍と図鑑以外はミニマリスト母により定期的に捨てられているので、ひと家族としてみると大したボリュームではないけれど、8割がた父の文庫本とみると、「たった一人でよくこんなに読まない本を持っているものだ……」と驚くのであった。

■家族の個人的なモノに手を出すのは我慢

後から、「なんで勝手に捨てた」と言われるのは家庭不和のもと!
例えば激烈なミニマリストの私と母にとっては、前述の父のモノが該当する。
父は若い頃から所謂"モノ持ち"で、私から見たら「全部ゴミやんけ」って思うモノを始終とってあるので、大変に厄介。例えばゴルフの使ってないアイアンとか売るほどあるし、帽子もバッグも靴も「芸能人か?」と思うくらいある。
まだまだ父も若く、ガンガンまだ稼いでいるしぼけているわけもないし、プライドもあるので、父のモノには勝手に手を出さないことにした。

■捨てられないモノには、その人の人生が詰まっている

実家など自分以外の人に関わる断捨離の難しさは、

  • 相手の気持ちに寄り添って断捨離しなければいけないこと
  • どうしても思い出が強く、処分する気持ちが揺らぐ自分も垣間みること

なのかなぁと感じている。
捨てられないモノには、その人の人生が詰まっているから、責めてはいけない。
捨てずにモノを持ち続けたその生き方を尊重し敬意を払いながら進めることは、なかなか骨が折れることではありますが…