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右往左往するアラサ―女子の、気ままな備忘録・雑記です。

ホットクック1.0Lモデル(KN-HW10E)で作る小麦パン

■お食事パンも自作したくて

ホットクック1.0L(KN-HW10E)でいろいろと日々のご飯を作ってまして、余りにも楽に豊富なバリエーションのご飯を用意できるので、いよいよ食事パンにもトライしたくなりました。

なのですが、ホットクック1.0Lモデルには、シナモンロールは公式レシピと登録メニューがあっても、小麦パンは掲載されてません。(2020年2月現在)

試しに、ホットクック1.0Lモデル(KN-HW10E)を使い、ホットクック1.6Lサイズ(KN-HW16E)の小麦パンの公式レシピの分量と作り方にて作りました。

結論、全く問題なしです!
ホットクック1.0Lモデルでも、小麦パン、美味しくできます♪

■分量

  • 強力粉200g
  • 砂糖大さじ1と1/3
  • 塩小さじ2/3
  • ドライイースト3g
  • 牛乳140ml
  • バター15g(私はレンジでチンして溶かして生地に練りました)+内鍋に塗るのにさらに10g程度目分量で溶かしバター
  • レーズン適量(←レシピにはありませんが、私は入れました)

■作り方(2時間半-3時間程度)

  • 強力粉と砂糖と塩とドライイーストをザルで軽くこしてダマを取りながらボウルに入れて大体混ぜ込む
  • 牛乳と溶かしバターを加えてさらに混ぜる
  • 生地をコネコネして、いい感じにまとまるようになるまで頑張る。(「耳たぶくらいの感触」って俗にいうが、わからない!笑)
  • 内鍋にバターを塗って、綺麗に丸めた生地を入れる
  • 手動>発酵35度>35分で、一次発酵
  • 生地を指で押して指の跡が戻らないならOK、ダメなら発酵延長
  • 生地を平らなところに置いて軽くこねてガス抜き
  • レーズンを自己満足の程度を満たすように入れる(つまり適当)
  • 生地を綺麗にならして6等分してお団子みたいに丸めて、ラップして15分から20分程度ほっておく
  • 内釜に並べて、同じメニュー使って二次発酵
  • 強力粉をさーっと表面に塗って、メニュー>お菓子>シナモンロール(1.0Lモデルなので小麦パンのメニューがないからです。50分くらいの焼き時間です)
  • 5分加熱延長(なんとなく野生のカンで。)

■味と食感:ふっくらもちもち優しい甘味

とても素朴なもちもちミルクパンです。少し甘味も感じます。
そのままでもいいけど、レーズンやナッツ、豆を生地に練り込んでおくと楽しいですよ。
冷えると少し小麦粉のずっしり感も出て、ベーキングパウダーで膨らまされていないパンの美味しさを感じます。

今回は親にホットクックをプレゼントしたので、帰省中に作ったのですが、父が「焼き立てパンっておいしいー!」と言ってあっという間に食べ尽くしてしまいました‥笑
朝食用に作ったつもりだったのですがね。また焼きましょう。
基本、強力粉とイーストと牛乳とバターの用意があれば作れるなんて材料がチョロすぎです。
お時間はかかりますけど、人間の手間は手ごねと丸めることだけです。

■見た目綺麗にするコツ:真剣に丸める

おそらく、一次発酵のガス抜き後のベンチタイムに綺麗にまんまるくすることです。

私は適当に丸くしたので、二次発酵でこんなふうに生地が割れました。(1枚目)

でも、出来上がりでは適当に丸めた割には見た目は整ってました。ラッキー。

出来上がりは、ちぎった後はこんな感じです!(2枚目)


ちなみにですが、これはいわゆる素朴なミルクパンだと思うので、ふわふわを活かすには、表面の焼き目はつけずにレシピのままの加熱方法でいい気がします。

女王ロアーナ、神秘の炎/ウンベルト・エーコ ~気持ちよく脳汁が出る、面白い哲学ミステリー小説

■気持ちよく脳汁が出る、面白い哲学ミステリー小説

2020年の正月は時間があるので、家事などの合間にどんどん本を読んでいます。
仕事をしている普段は、あまり純文学や哲学を読むと、社畜ライフに妙に疑問を持ったり作品に気持ちが引き摺られてしまうことがあるので触れないようにしていて、ミニマリストの本を読んだり、軽めの新書を読んだりしています。
それなので、趣味に任せて乱読できるこの時間は、私にとってはとてもサンクチュアリ

晦日から元日に読破したのは、提題。
いやー、年始から素晴らしい本を読めて私の人生幸先が良い!
リアルで語り合える友達がいないので、読まれた方のブログやブクログ読書メーターを読んではいいねしてインターネットの海を歩いています。

読み始めはまさかこんな展開と思わなんだ!記憶喪失の主人公と一緒に"霧"の中を歩み、たどり着くのはああここなの?!と下巻の、最後の20ページで脳内がスパーク。

ストーリーとしても、記憶喪失の主人公が子供時代の田舎に帰って古物を見ながら自分が持っていたはずの意味記憶を追っていくというミステリー小説的な面もあり、面白い…。

初恋のリラさんは、なかなか本を読み進めても何故ヤンボおじさんにとって記憶喪失になってもなお、霧のかかった記憶の中で輝く存在なのかは明かされないまま読み進め、下巻の後半に「おおお、なるほど」と合点がいき、読者のスッキリポイントもちゃんと用意されている。

第二次大戦のイタリアの田舎の少年としての生々しいストーリー性の目覚め…ヤンボおじさんのそんな記憶を一緒に辿っていくと、子供の言葉で語られる、エーコの持つ神と悪についての鋭い洞察も。

プルーストなど世界中の純文学の引用を要所要所で盛り込んだり、綺麗な色の図録がたくさん載っていたりとまさに脳汁の出る知的体験ができる。
読書好きにはニヤリとする、もしくは私なんかは「あーこの本も読まなきゃ、あの本も読まなきゃ」と次の要読書リストが更新されるわけで。

うーん、読書人生のマイフェイバリット10に入ってしまうかも。読書や文化一般の偏差値を上げてから何度も読み返したい。

■スキゾとパラノ ~スキノ(分裂)気味主人公

僕は記憶を失っただけではなく、偽りの記憶に生きているのかもしれない。グラタローロに指摘されたことだが、ぼくのようなケースでは、とりあえず思い出すと言う感覚をもとうとして、かつて生きたことなどない過去の断片をでっちあげる者もいると言うことだった。
(上巻p82)

付け焼き刃だが、スキゾ(分裂)気味な主人公ヤンボおじさん御歳60歳。
スキゾな主人公ってのは、20世紀の文学の王道のスタイルそのままで、文学好きはどこかで見た主人公の心模様で、安心して読める。
誰しもみんなスキゾ気味かも、あらゆるところであらゆる自分がいるものだから。

ドゥールズの「スキゾとパラノ」から系譜が続き、浅田彰さんの「スキゾとパラノ」を語る、『迷走論 -スキゾ・キッズの冒険』を読み、理解を進めたいところ。
…つまり、ドゥールズを読み返してから着手せねばならんのか!(わくわく)

ここでまず思い起こされるのが、人間にはパラノ型とスキゾ型の二つがある、という最近の説だ。パラノってのは偏執型(パラノイア)のことで、過去のすべてを積分=統合化して背負ってるようなのをいう。たとえば、十億円もってる吝嗇家が、あと十万、あと五万、と血眼になってるみたいな、ね。それに対し、スキゾってのは分裂型(スキゾフレニー)で、そのつど時点ゼロで微分=差異化してるようなのを言う。つねに《今》の状況を鋭敏に探りながら一瞬一瞬にすべてを賭けるギャンブラーなんかが、その典型だ。
『迷走論 -スキゾ・キッズの冒険』(ちくま文庫)p10

■<神>は邪悪ということさ
神と悪について、特に私はどきっとしたので、下記にて引用したい。

下巻p151-152
「<神>は邪悪ということさ。なぜ神父は<神>が善良だと言うのか?<神>が僕らを創ったからだ。ところがこれぞまさに<神>が邪悪である証しだ。<神>は僕らが頭がいたいように邪悪なのではない。<神>は<悪>なんだ。<神>が永遠であることからすれば、おそらく大昔は邪悪じゃなかったのだろう。<神>は、子供が夏に退屈して蝉の羽をむしり取り始めるように邪悪になった。<神>が邪悪だと考えれば、<悪>についての問題がこの上なく明確になる」
「みんな邪悪ということは、イエスも?」
「それはちがう!イエスは僕ら人間が善良だと知っている唯一の証だ。包み隠さず言えば、僕はイエスが<神>の子供だという確証がない。とてもひどい父親からなぜ善良な人物が生まれるのか理論立てできない。イエスが本当に存在したことも僕は確信がない。おそらく僕らが考え出したんだろうが、僕らにそんな素晴らしい考えが浮かんだことこそが奇跡だ。あるいはイエスは存在して、存在した全ての人の中で善良だったから、<神>が善良だと僕らに納得させるために、善良だったイエスが、<神>の子と言ったのかも知れない(中略)」

実家を「畳む」-祖母宅の生前整理

■祖母の家の整理を始めた、2019年の春

2019年の春、サ高住(当時)に移った祖母の家を、母と父と整理のために踏み入った。
本当に残念なことだけれど、祖母がこの家に戻ってくることはない。
そう母が心を決め、「協力してほしい」と声をかけてきた。
祖母が存命中に生前整理を進めると決心をした母に、全面的に協力をしてあげなければ。

20歳とちょっとの頃に嫁いできて、おおよそ60年もいた、祖母にとって、戦争がなければ縁もゆかりもなかったはずの、とある北国の田舎町の一角。
築およそ120年で、離れまである田舎の立派な民家。祖母の人生よりも前の記憶とモノを詰め込んだ家。ラスボス感が半端ではない。

■溶けていく自分の輪郭との闘いの記録がそこにはあった

祖母は元来、衣食住が恐ろしくきちんとした人だった。食事を外で買ってくることは私の知る限り一度もなかったし、お洗濯も繕い物もリメイクも自分で何でもやっていた。掃除は毎朝早くに起きて家じゅうモップがけなり雑巾がけなりしており、部屋はいつも片付いていたし、収納は整然となされていた。

ただ、この度、母と父と踏み入ると、その祖母の家は、私の知っている祖母の家ではなくなっていた。
少しの本と植物明けがあったはずの縁側には、収納ボックスで、溢れていた。
古い家だったので二階に向かう階段が急で、祖母もきっと不安だったのだろう。二階にあったはずの収納ボックスが「おばあちゃん、どうやって一階に運んだの」ときいてみたいくらい重いものまで一階の縁側に運ばれていた。(もう祖母に聞いても、答えてくれるはずもないが……)
どの収納ボックスや段ボールにも、祖母の文字で、中身が書かれていた。きっと、「どこに置いたのか」と心配になる中で記入していったんだろうと想像するに難くなかった。
私は、祖母がサ高住に入る前の3カ月ほど前に祖母の家で会っていたはずだった。その時にはここまでの変化はなかった……。

アルツハイマー認知症を診断されて、投薬をしながら、通院をしながら、娘たちに心配されながら暮らした最後の数年。自分でもきっと、認知機能の低下に怯えたことだろう。祖母の不安が、カレンダーや衣装ボックスの文字に、配置換えに、現れていた。
おばあちゃんは、毎日自分の輪郭がぼんやりしていくことと何年も前から闘っていたのだ。きっとサ高住に入る直前は、闘いが激化していて、これを見た母が意思決定をしたに違いない。
「一人暮らしはこれ以上はムリ」と。その意思決定をしなければならなかった、施設を見つけなければならなかった母の気持ちなんて考えたことがなかったけれど、あまりにも変わり果てた荒れ果てた祖母の家を見て、母の悲しみの一部が分かった気がした。

■実家に不用品を送り付けることは、今後しないと決めた

「ユカ(私の母の名前)マタニティー」と書いてある化粧箱には、私の母が私を妊娠していたころのマタニティーワンピースが入っていた。
母は、
「あの頃私も20代で、自分の人生に必死で、不用品をお母さんに送りつけてた。お母さん、捨てないで取っておいたんだね。と言うか、捨てられなかったんだね……なんて親不孝をしたんだろう」と少し涙ぐんだ。

私は、こんまりさんの本で、「実家に不用品を送るということは、不用品にあふれる家を増やすだけ」という言葉があり、ガーンを打たれ、「その通り過ぎるわ」と数年前、自分自身の行いとして禁じたけことを思い出した。
子供から送られてきたモノを、処分できない・捨てられないと悩むのは、受け取る自分の母だ。
だけど、捨てるのは、かなりの確率で未来の自分だ。
そんなに悲しいことってあるだろうか。それなら、自分のモノは自分で処分しよう。

■モノをプレゼントするということは、相手に重荷を・ゴミをプレゼントすることなんだろうか

私が18歳上京時から毎年贈ったお誕生日カードとクリスマスカードが、すべて取ってあった。15年近い年月の分だから、それなりのボリュームがあった。
少ない初任給の予算内で買ってあげられたキタムラのハンドバックも、使用の後を若干残して、そこにあった。スーパーマーケットのクーポンやレジのレシート、輪ゴムが入っていた。
私は、おばあちゃんにたくさんのプレゼントをして、結果、たくさんのゴミを残してしまった。
これを見つけて処分したのが、私でよかった。
母が見つけて、母が捨てるはめに遭わせては、母を傷つけると思った。自分の娘が自分の親に贈った善意や良心・愛も結局のところゴミになるという気づきは、絶望以外の他でもないはずだ。

……モノをプレゼントするということは、相手に重荷を・ゴミをプレゼントすることなんだろうか?

少しでも一瞬でも笑顔になってほしいと願ったのは、愛や感謝ではなく、私のエゴだったんだろうか。答えが出ない。

■結論:アウトソースしないと無理

築120年のそれなりに大きな田舎の家。祖母の人生だけではなく、120年分の色々が詰まっていた。屋根裏や別に建ててある物置には、日本昔話に出てくるような、つづらみたいなものまであった……(絶望)。
一度処分に向けて踏み入ってみて、母は、
「これは、私たちの手でどうにかできるものではないね。業者さんにお願いしよう。それでないと、処分しているうちに私の人生が終わってしまうかもしれないし、心の病気になってしまうかもしれない……」
とはっきりと言った。英断だと思った。

家のダウンサイジングや遺品整理といった問題は、高齢化/核家族/地方から都会に若者が出ていく現代社会でたくさんたくさんそこらかしこでおこっているTo Doだ。
きっとあそこの家のお母さんも、ここの家のお父さんもうっすらぼんやり、「やばいかも」と思い、タイミングが来たときに避けて通れなくて、「ひえー」となるtopicなのだ。

どうしてそんなに辛いかと言うと、身内のモノを処分するということは、その人の人生を少なからずとも知っている人間にとっては、たとえノートブック一つでも、その人の人生を振り返ってしまう作業になる。モノをモノとして扱うのではなく、モノを思い出・その人として扱ってしまう。

私自身、数年前にパートナーの遺品整理を自分の手で行ったときに、耐えがたい心の痛みを感じた。セーター一つだって、故人のような気がした。(当時、私は酒を飲みまくって酩酊状態で捨てた。複数回に分けて行い、ミニマリストの故人だったにもかかわらず、2.5年ほどの時間を要した。その処分の仕方が正しかったかどうかはいまだに分からない。)

それであれば……モノをモノとして扱ってくれる外部業者さんに、
「この反物は値打ちがあるから引き取ります」「ここからさきはゴミ!」と決めてもらう方が、今後生きていかねばならない側の人間には、精神衛生上、圧倒的に良いのではないかと思っている。

母と、「業者さんを探さねばね」と話して、祖母の家を後にしたけれど、予想外の事態で祖母の実家整理の手を止めることになる。
その理由は、また別の機会に。