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右往左往するアラサ―女子の、気ままな備忘録・雑記です。

てめーの言葉でノックしろよ、ドアを蹴破れ、それが愛だ

■2.5年かけて、遺品を送り終えた夏

故人の遺品で、「これはご家族の皆様に返さねば」と思っていたあるものを、やっと送り終えた今年の夏。えいやっと短いお手紙も書いて送ったのだった。
しばらくして、ご家族から小包が届いた。
平たく言って、近況と信仰案内だった。近況については皆さんがお元気なことが嬉しく知ることができて本当に嬉しかった。
だけど、「◯◯のことを思ってくれてありがとう」の言葉から続くのは、クリスチャンワードと何冊かの信仰入門の本だった。
なんだかもやもやした。興ざめした。
そしてふと、故人が生前ご家族と連絡を取るたび、
「(悩みながら生きている)僕が(親から)欲しいのは、こんなちんけな信仰告白じゃない!」と言って涙していたのを思い出した。
私は当時、
「何が欲しいんだろう、でもわかる、なんだか身内とは思えない他人みたいな態度に感じて、はたから見てもとてもさみしい‥」
と、もやもやを言語化できずにいた。

今回は怒り狂った。人生で一番怒った。
ご家族なのに、亡き息子のことを記述しているのにもかかわらず、テンプレートな言葉しかないのだ。
どうしてたった2.5年前に亡くなった息子のことを書くのにこうも「神様が見ている」って口調なんだろうか。
もしかしたら、"神様"の目線を借りないと感情的になりすぎるから、なのかもしれないけど、ご家族ご本人を主語にしたストーリーはないのだろうか。
私の息災を祈ってくれなくたっていい、入籍もしていない"ただの他人"だから、彼らにとっては路頭に迷おうと死んだってなんだっていいのだから。
きれいなお祈りの言葉と信仰案内よりも、「お前がしっかりしてないせいで私の大事な息子が死んだ」と書かれののしられる方がずっとよかった。

■人を救うのは人だ、神様じゃねーよバカヤロウ

信仰が人を救うんじゃなくて、人を救うのは人だ。
悩み苦しみ心身の症状を訴える人に、「遠くから○○の幸せを祈っています」じゃ、なんにも変わりはしない。
世界の果てにいようと飛んで行って、「お前、大丈夫か!ご飯は食べられるか!死んだらあかん!」と一喝し、ご飯を作り、その人が自分で傷を癒やすために何がサポートできるか一緒に考える。
それっくらいのこと、高尚な信仰を持たなくても、子育ても何もしたことがない私でも本能でわかることだ。

申し訳ないけど、私が知る限り、最後の2-3年は、ご家族は遠くから心配して神様の言葉を送るだけで、息子の拒絶する言葉を受けて素直に会いに行くのをやめていた。
私は、彼がご家族に、
「もう縁を切りたい」
と連絡する横にいつもいた。それでも家族が自分と向き合う覚悟があるかを試す心が見え隠れしているのも感じていた。(それは彼の息子としての最後の甘えであり、賭けだったのだと思う。)
どうして、自分の子供を怖がるのだろう?と、赤の他人の私は会ったことがない彼のご家族に対して思って見ていた。自分の子供になら、刺されたっていいじゃないかと思って見ていた。
そうじゃない人たちもたくさんいるんだなということを、今は静かに思う(ようにしている)。

■てめーの言葉でノックしろよ、ドアを蹴破れ、それが愛だ

傷つき、救いを求める人にとっては、
「"i care about you"という気持ちをこの人は自分に対して持ってくれているんだなぁ」と少しずつでも抵抗されながらでも伝わって初めて、" i care about you"という気持ちの魔法が働く。
気持ちを言葉にして伝えるなら、神様へのお祈りみたいなテンプレートの言葉ではなく、自分の言葉で相手がうけとりやすい言葉でフルカスタマイズして伝えないといけない。
その言葉を考えたり選ぶことはとてもエネルギーも勇気も要ることだけれど、そのエネルギーを割くことこそが相手への愛の表明になるんじゃないだろうか。

私たちが日々生きて、小説・歌・絵画などの芸術作品に触れて、感動したり、共感したり、「どうして私の気持ちがこうも現れているのだろう」と自分の気持ちを表してくれているように感じるのは、送り手(作者)が時間もエネルギーも使って作りだしたものだということを前提に分かっているからだ。
芸術作品じゃなくたって、日常的なコミュニケーションの全てに通じることだと思う。送り手の本気がないものを、人は受け取らない。
送り手は楽をしてはいけないのだ。気持ちを送る側が精一杯等身大の愛の表明ができないで、どうして受け取り手が受け取ることができるだろう。
送り手がテンプレートな言葉を送るなどして手間を削減すると、受け取り手にとっては、
「お前、これで足りないって言うの?これでいいだろう、受け取れ」
と愛情のお仕着せもしくは指示になる。それなら、ない方がましだ。

何故彼が最後の日まで私と過ごしてくれたか、少しだけわかった。
私はテンプレートな言葉は使ったことがない。いつどの瞬間も、その瞬間の彼が受け取りやすい言葉を考えて本気で話をしてきた。
私の愛は、契約書にも将来の約束にも子供にも、何の形にもならなかったけれど、私の愛はそこに在った。
それはそれは、「もう他の誰にもあんな一生懸命になれない……」と思うほどに、いつどの瞬間も。

まあ、死んじゃったけど!

断捨離の記録 -書類・外貨の整理 -全力でほとんどゴミ

■テレビ台の下の靴箱サイズのラックは「長年の整理据え置きエリア」

「絶対ここにはごみがまだある」と確信していた、靴箱サイズのラック。このラックには基本的には保険証券や年金手帳などの「もしも」の時に必要な書類をまとめているつもり……だった。

このたび全部ひっくり返して整理してみましたという恥ずかしい記録です。

■断捨離前の状況

ラックには「整理したつもり」だったものの、下記が入っていた。
(カッコ内の割合はラックの容量に対する容量の割合。)

  • 年金とか投資信託の金額通知(6割)
  • 認印(1割未満)
  • よれよれのボールペン・付箋ちょぴっと(1割未満)
  • ポイントカード・診察券(1割未満)
  • 出張で余った外貨(1割)
  • 現金及び現金同等物(1割)

ちなみに、断捨離前に「既に処分してあるもん」と認識していたのは下記。

  • 利用頻度が低いクレカ:解約するなど手続済
  • ポイントカード・診察券:期限切れは捨てるなど
  • 家電などの取説:ググるから全部捨て

■年金とか投資信託の金額通知:全部捨て

社会人なりたての頃の年金の金額通知、自社株の金額通知、投資信託の運用金額通知などが封筒未開封で一部入っていた。
何故とってあったのでしょう。定期的に送られて来るんだから、とっておくとしても百歩譲って最新版だけではないか?
社会人になりたてでよくわかってなかったし、奴隷のごとく働きまくってて、「とりあえず」とってあったんだろうな。当時の生きるか死ぬかって感じの余裕のない20代半ばの自分をかわいそうと思うと同時に、「ばかやろう!」と怒りながら捨てた。

認印も複数存在:1つだけ残して他は捨て

会社で確定申告などで必要だった際に、持参し忘れて100均などで買った認印も3つほどあった。
忘れ物しなかったら、この数百円かからなくて済んだのに、過去の私のばかやろう!と悲しくなりつつ、処分した。

■ぼろいボールペン・付箋:即全部捨て

今もってもときめかないものを残す必要なし、速攻ゴミ袋へ。

■ポイントカード・診察券、発掘……:利用しないもの・期限切れは捨て

財布の中はいつも最小限のポイントカード・診察券にしているものの、20代の私はこのラックに詰め込んでいたらしい。ばかばかばか…!
平成25年有効期限切れなどのポイントカードが20枚くらいあり、全部ゴミ袋へ。
病院の診察券も複数枚発行してもらっていたり、二度といかないところのは処分。

■出張で余った外貨、ざっくざく(2.3万円相当):日本円に戻し

人民元インドネシアルピア・イギリスポンドがざくざくラックに入っていました。(それぞれ銀行の封筒にきちんと入っていましたが……)
明らかに使わないならさっさと日本円に戻しなさいよという説。
近場の外貨両替に赴き、3種類のお札を日本円に戻してもらった。当時の為替も覚えてないから損したのか得したのかなど不明。
戻ってきた日本円は、およそ2.3万円のキャッシュとなり、断捨離期間の当面の生活費に変わったのであったとさ。

インドネシアルピアが半端ない理由は、若かりし頃、インドネシアの結構田舎の町に長期出張しており、クレジットカード何それという環境に身を置いていたために数か月分の生活費をルピアにしていた名残。おなかも壊さずよくも一人で数か月間もいたよなあとか懐かしくなったりして。

■現金及び現金同等物:使うものと売っぱらうものを整理

容積は大したことなかったが、バラエティに富んでいてひっくり返りそうになった。
【使うことにしたもの】

  • お米券:当分お米には困らないくらい8000円相当。ありがたく使います。
  • 商品券:デパートで使えるやつ、2万円相当。ありがたく使います。-スタバのプリペイドカード:5000円デポジット*6枚。祖母がなぜか会うたびにくれるため。しばらくスタバ富豪か!金額残高0になったカードから処分することに。

【売れずに処分したもの】

  • テレホンカード:穴あき3枚。近所の金券ショップに行ったら、「試用した穴があるのは買い取れません」と言われ、破棄。ちなみに未使用だと300円くらいで買い取ってくれるとのこと。
  • 図書カード:1,500円相当。今はTSUTAYAなど限られたところでしか使えないと金券ショップで言われ、破棄。

■断捨離後の整理

利用していたラックはよく見たら木が痛んでいたので、虫が湧くんじゃないかとおののき、破棄。
ラックの8割強は捨てたので、とても少ない数の管理になり、A4サイズの布地のしっかりめのファイル・クリアケース・カードファイルに収納するだけで済んだ。

ジッパーのついたファイルに、下記をしまった。

  • 別整理していた確定申告で使う書類・領収証
  • 賃貸契約書
  • 保険証券

薄手の小さなクリアケースに、下記をしまった。いわゆる貴重品入れとして非常時持ち出しもできるように上記の契約書などのファイルと分割して収納してみた。

  • パスポート
  • 年金手帳
  • 通帳・キャッシュカード
  • 印鑑(実印・認印

カードファイルに、下記をしまった。

  • これから使うべきスタバカード
  • 診察券
  • 使うポイントカード

ラック内8割強捨てたってことは、私はゴミをずっとラックに大事にとってあったってこと。
書類のゴミ具合は今回の断捨離でかなり反省した。日々の「なんとなく」が積もるとゴミになると思い知った。
手を付けてみてよかった、ほんとに。

断捨離の記録 -データの整理はこまめにやるが吉

■古いパソコンとHDDの処分

2007年のvaioと4年ほど前まで使っていたHDDを自宅に眠らせていたので、処分した。
何となく高額のものだから、手放すのに気が引けていたと思う。
でもね、それは言い訳。高額のものでも使わなかったらゴミ!
古すぎて3,000円くらいにしかならなかった。ちーん。

■古いハードから高校時代以降のデジカメデータが出てきて震えた

‥‥うっかり2時間くらい見てしまった。「自分の過去」という一見甘美に見えるただの時間泥棒!

写真データはそれなりにフォルダ分けされていたので、新しいHDDにそのまま移行し、新旧HDDの写真フォルダを統合した。
写真フォルダの命名規則を揃えるとかは職業柄やりたくなるけど、最低限は構造化されているし、不要なパソコンとHDDを処分するのが主目的だったので、一旦はあまり手をつけず。

■パソコンとHDDの処分の方法

古いパソコンはデータ初期化のち下取り依頼へ、HDDはデータ初期化のち自治体ルールに従って捨てた。

iPhoneデータ処分

アプリや写真、電話帳など。
これらは普段からマメに消しているので今回は特別着手しなかった。普段やらない方は電車の中ででもやってみたらいいのではないでしょうか。

クラウドの情報の処分

私はあまりクラウドサービスに残していないので、こちらもまた特別着手しませんでしたとさ。

メールマガジンの情報

プライベートgmailには、たった一度ネットオーダーしたがために毎日何通もくるメルマガが山ほど。
手隙の時に不要なメルマガを見つけては「配信停止」もしくは「退会」しました。メルマガを根絶はできてないが、だいぶ無駄なメールが来なくなり、ハッピーに。

■溜まっていたPASMOの処分

Apple Watchを買うまで、駅でPASMO忘れに気がつく→無記名PASMO買うの繰り返しをしていたので、家に5枚も使っていないPASMOがあった。
3,985円戻ってきました‥‥過去の自分のだらしなさよ。
PASMOの返却・返金はJRではなくメトロなどのPASMO発行ができる駅の事務室か定期券窓口でできるらしい。私は渋谷で通りがかりにやってもらいました。

■まとめ(自分への戒め)

  • ハードは新規調達したら、古いものはさっさと下取りに出す
  • アプリなどのデータの断捨離はまとめてやると、特に写真データなどだと、「自分の過去」という沼に入り込む恐れがあるので、こまめにやっておく