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右往左往するアラサ―女子の、気ままな備忘録・雑記です。

みんな誰かを心の中に棲まわせて、その人もまたあなたに会いたくて

劇団暴創族さんの『瑠璃色花火物語』(ネタバレなし)

2017年4月に大塚は萬劇場で公演されていた、『瑠璃色花火物語』の観劇記録でございます。

ざっくりしたストーリー

漁港のある町で、「何年かに一回、もしかしたら見ることができるかも‥」「一緒に見られた二人は結ばれる」と有名な”瑠璃色花火”。
花火シーズンに漁港の町のお宿は、瑠璃色花火観たさのいろんな人が集まってきて‥という、群像劇です。

「ハートフルコメディ」と銘打たれておりますが、なんてその言葉の通りなんだろ!と、そこにもまた感動しつつ、膝を打ちました。

複数の謎の伏線が張ってあり、「あれ‥もしかしたら‥いや‥?」とジワジワと観客に予期させるものの、ギリギリまで明確なファクトを提示してくれないのです(※これは賞賛です!)。
飽きるなんて全く1秒もないまま、エンディングまで、観客を魅せるんだものー。
私は後半にいくつかの謎に対する伏線が回収されるまで、「ほんとのこと」に気づきませんでした。

腐っても家族、腐らなくても家族

  • 花火職人の優しいお父さん
  • 「海で溺れて死んでしまった」お母さん
  • 四人のキャラそれぞれで、魅力的な娘たち
  • 長女の産んだ男の子
  • 行かず後家のおばさん

花火工場のユーモラスな人々

  • ヤンキー上がりの花火職人
  • 花火工場の仕事をサボる中国人夫婦(奥さん臨月)
  • 中金の腰が低い営業の兄ちゃん

お宿にやってきた変な客

  • ぱっと見不倫?みたいな熟女と若い男
  • 有名カメラマン
  • なんだかやたら花火工場で働きたがる兄ちゃん

大家族と花火工場の人たちと、お客さんたちのユーモラスでハイカロリーなやりとり

で、ひたすら飽きさせない!という非常に勢いが強ーい。
他人と家族の境目があるようでなくて、みんな時に暴言と本音を交えながらの日々の交流。
家族とすら本音を言わない、腹を割って話さない私にとっては、ユーモラスでハイカロリーなやりとりを見て、ちょいとだけぎくっとする。

「恋」と名前がつく前の、あの心がきゅってなる気持ち

汚れっちまった大人のワタクシは、年の近い甥っ子ソーシくんと、おばにあたるあのコに、ときめいたったらなかったですよ。
小学生の限りなく恋に近いあの気持ちって、せいぜい「あんたなんか嫌い嫌い!」って言いまくるか、いじめるかしかなくて、でも相手が気になって仕方がない、って、ああそんな感じだったよ‥!優しさなんて相手が転んで怪我した時とか本気で泣いちゃった時にしか差し出せなかったよ‥ぐす。

限りなく身内なのに身内じゃなくてやきもきする、恋愛と家族の間

  • カメラマンとしての再起を果たしたいパパラッチみたいなことしてる青年
  • 口うるさくてでも応援してる女の子

気心知れすぎちゃって、甘い言葉を言ってあげることもできなくて、相手が頑張れない時にどうにか背中を押してあげたくて、つい言い過ぎちゃう。限りなく家族なのに家族になれない、恋愛かと言われたらそうでもないし、友情でもない。
大人になっちゃった男の子と女の子の、行き先は‥?

みんな誰かを心の中に棲まわせて、棲んだその人もまたあなたに会いたくて

ラストは、かけがえのない誰かとした果たせなかった「約束」がある人や、心の中に今はもう会えない誰かが棲んでいる人なら、きっと涙したんじゃないでしょうか。
ずっと笑わせて、最後に泣かせて、劇団暴創族さん、ずるい~!

書き続けていたら、きっとどこかの誰かがあなたの思いをキャッチしてくれる

Project DRESSさんとの出会い

Project DRESSの池田園子さん(id:sonoko0511)に、このはてなブログを見つけて頂き、Project DRESS寄稿の機会を頂きました。
私がちまちま生産しているため月2本程度と本数は少ないですが、書かせて頂いております。
池田さんの書かれていた本や記事のもともと読者だったので、「なんと不思議な縁なのか……」と思いました。(素直にうれしかった、と言え。)

はてなブログと、Project DRESSさんの時の違い

このはてなブログは、日々の自分の日記をevernoteに書いている中から、
「これは他の誰かも似たような気持ちになるかも」と思った、人の心として普遍に思われるテーマの抜粋だったり、
「答えが出ないから、未来の自分やほかの人に力を貸してもらおう」と思ったもののメモだったり、
あとは自死遺族の方の何らかのなぐさめになりはしないかとか、自分自身のセラピーになるようにだったりと、細々とランダムに気ままに書き連ねているものです。
はてなブログは自分の思考の断片が良くも悪くも素直にぽこんと現れます。

Project DRESSさんでは、主にアラサー・アラフォーの女性にフォーカスして、ネタを考え、書かせて頂くようになりました。
私なりに、「大人のお約束をした、お仕事」と思ってせっせと書いてみているので、「なんか、うまく書けなかったな…」と切り口の断面を見ては、むむむと反省したりしています。
ただ、意識的に、自分が普段対して言葉にせずぼやぼや~んと考えていたことを、特定の切り口で切ってみているので、自分自身でも予想外なアイデアが出てきたりします。

この違いが面白いなあと思っています。

文章を書くということは、優しくなるためのトレーニング、かも

「不用意に・意図的にどなたかを傷つけることは書かないこと」「予想外に人を傷つける場合は、即謝罪すること、誠意を示すこと」ということを、変わらず思っています。

よってもって、文章を書くということは、見えない読み手の方を傷つけないように、だったり、慰めや笑いになるように、だったり、なんかしらの祈りを持つことなのだなあと、感じております。

よろしければProject DRESSさんで書かせて頂いた記事もたまにこちらにもリンク貼らせて頂こうかと思いますので、読んでいただけると幸いです。

Project Dressさんに2017年2月に掲載して頂いた記事

p-dress.jp
自己紹介みたいな記事です。

p-dress.jp
「年上男性」というキーワードを基に、一緒に働く聡明な後輩男性の言説を基に書きました。ネタ料払わねば。

Project Dressに2017年3月に掲載して頂いた記事

p-dress.jp
これまた自分のことです。

p-dress.jp
これまた自分のことです。独身のいい大人の私、そろそろおうちどうするか考えるべというお話です。

Project Dressさんに2017年4月に掲載して頂いた記事

p-dress.jp
これまたネタ料を払わねばというくらい、気づきの言葉をくれたリアルの知人がいます。『失楽園』読んだことないんですが読んでみようか。

「流した涙も決断も、僕の自由」と彼が笑った気がした

彼のご家族へのお手紙

おじさま、おばさま、○○ちゃん

大変ご無沙汰しております。記念会に参加せず、本当に申し訳ございませんでした。
皆さんにお手紙をと思いながら、でもやっぱり自分自身に満ちた悲しみとか、さみしさ、くやしさにうまく筆が進まず、もう5月になってしまいました。
これからも、きちんとした形でのご連絡を取ることは難しいかもなんて考えたことが何回かありました。でも、皆さんの心が少しでもなぐさめられ、癒えていればと祈っておりました。

背中に矢が刺さっても死ねなくて、矢を抜けば即死するような鴨みたいな心持ちのまま、それでも皆様の平穏安穏がありますようにと祈っていました。
そんな、自分の悲しみでいっぱいの身勝手な私がお手紙を書く勇気を持ったのは、三浦綾子さんの『道ありき』を読んだからでした。

三浦さんは長いこと結核で闘病されていたんですが、その時に同じ病で自分よりも重症なのにずっと励まして、そしてキリスト教を説いてくれた親友・プラトニックな恋人がいたそうです。

私は、この本の中の「正さん」に彼の姿を見ました。
私の10代・20代は自分に課したコンプレックスでがんじがらめでした。
そこに現れたのが彼でした。
私に進んでキリスト教を説いてくれたわけではないですが、私は彼の信仰を通してなぐさめられ、人生をまっとうしようと生きるファイトをもらったものです。

P274-275には、彼が私に全く同じことを言ってくれた!とびっくりする言葉がありました。
綾子さんと「正さん」の日常のやりとりにも、
「私と彼のやりとりを見てたの?」と思うくらい、そっくりです。

つまり、やっぱり、彼は素晴らしい信仰者だったんだろうと、きちんとキリスト教をしらない私ですが、私の心が一番よく知っています。
この本は、綾子さんにとっての『道』は「正さん」に他ならないこと、かけがえのない『青春』だったことが記されています。

私にとっての彼もまた、『道』であり『青春』そのものでした。

私は、この先も生きていかないとなりません。
彼のいない世界で。
私は神様が嫌いです。素晴らしいからって彼を先に連れ戻してしまったから。私も彼と一緒にいたかったのに。
だけど、私がいつかこの世にいる最後の日になった時、彼が先に行ってしまった理由を、運命を見るでしょう。
私は無神論者ですが、その先に愛があると信じます。

この本の「正さん」は彼そっくりです。
彼が筆まめだったのは、伝道だったのだと、やっとわかりました。「正さん」は彼についていろいろと新しく私に発見させました。
あまりにそっくりなので、涙なしには読めません。
でも、どうぞみなさんの中にいる彼が、より鮮明に見えてくるでしょう・・・なので、勇気をもってこの本を贈ります。

生きて、生きて、生きていきましょう。そしてまたきっと、お目にかかれますように。

ユキ

PS

”God grant me the serenity to accept the things i cannnot change;courage to change the things I can;and wisdom to know the difference.
神よ、変えられないものを受け入れる冷静と、変えられるものを変える勇気と、それらの違いを識別する知恵をお与えください”
はからずもこれは10代から私が大事にしてきた、言葉で、ニーバーの祈り、神学者さんの言葉でした。
彼はこれを私が紹介し、知った時、とてもimpressedな表情をしていました。

この手紙は何かというと

死んでしまった彼のご家族に、うまく連絡をとれないでいました。
彼の生きた証拠を見るのがとても難しいのに、そっくりな皆さんに会えば私の涙は体中の水分を奪うからです。
三浦綾子さんの『道ありき』の紹介は別の機会にしますが、遠い未来、私にとっての彼が、「私の『道』だった」と、「私の青春だった」と、「私の最愛だった」と、三浦さんのような視線で思い出せるといいなと、願いました。
その願いを、心の中に持てた時、やっと、
「私だけが悲しいのではなかった」「優しい皆さんだからきっと私のことも心配しているに違いない」と思うに至りました。

彼が死んでから、私という人間の、身勝手さや罪悪ばかり見ます。
私が代わりに死ねばよかったと本当に毎日思いますが、
きっとこの罪悪感・くやしさ・悲しみをどう私は自分の生きるエネルギーに変えるか?というところが、
神様が、
「お前、とんでもない人間だから、ハードモードにしてやんよ、修行してこいや」
と私にこのくそ人生を課したテーマなんだと、運命なんだと、まずは非常に悔しいですが、神様からの要求を呑む次第です。

死んでたまるか。

yuki-kuriyama.hatenablog.com