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右往左往するアラサ―女子の、気ままな備忘録・雑記です。

本気出して考えたけど、人を愛し愛を受け取るしか、人生やることなんかない。

近況に近いナントヤラ


2人分のご飯作りになれて、いつも冷蔵庫に残り物だらけで、
「ああ、もう!食べてよ!」と、ひとりごちるくらいは彼の不在に慣れてきた5月です。

今年は、しっかり喪に服そうと思っています。
だからって黒い服を着るとか線香を毎日あげるとか、そういうことではなくて、思い出してしまうことから逃げないということ。
もう彼はいないから、答えを聞くことはできないけど、
「あんた、なんでいなくなったのさ?」
と、心の中で問い続けるということ。

心の中の住人は増えたっていい。

生きていると、アドインのように、心の中の住人が増えていきます。
私の幸福は、心の中の住人によってもたらされることが多いから、増えるのは素敵なこと。

心的風景としては、
ふかふかのソファを用意してどっかり座りこんでくる人、
ニコニコしながら立ち続ける人、
男の人も女の人も、色々。

自分がいつか死ぬときは何もモノを持っていけないから、
心の中に棲んでくれた人が何人か、いたらいいなってだけ、思います。

彼は、もちもちクッションにニコニコしながら座っていました。10年もの長い間。
突然、もちもちクッションだけ置いて、いなくなってしまいましたが。

私は、心の中を覗き、もちもちクッションを見るたびに、
「ここに、あの子がいたのだよな‥たびに出てしまったけど、もう、戻らないけど」
と、思い続けるでしょう。

誰かの彼女、になっても、誰かの妻、になっても、誰かの母、になっても、誰かの祖母になっても。

彼以外にも、天国に旅立つ人を見送りながら、私は一生かけて、それを学ぶんだろうな。

命日も49日も関係ない、いつも、心の中にはいたはずの人の、見送り方を。

生死のちょーど狭間にあるもの

愛したり、愛されることは、生とか死とか関係ない次元にあるのかもしれないとか、スピリチュアルなことを、割と本気で思っています。

心の中に棲んでくれる人を大事にする、楽しんでもらう、余生はそう過ごす。
そんな感じ。