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右往左往するアラサ―女子の、気ままな備忘録・雑記です。

映画鑑賞メモ「怒り」:最後の涙は愛、最後のまなざしは狂気、最後の絶叫はバイタリティ

連休最終日に、「怒り」を観た。とんでもない映画。

観客の何人かが、「わけわかんねぇ」「連休最終日に、こんなムナクソ映画見なきゃ良かった」と言って帰っていきました。
つまり、圧倒的な傑作だということです。
ただ、心のエネルギーをつかう映画なので、決してカップルで観に言ってはいけない。幸せ真っただ中の人は見てはいけない。人間関係に迷う人だけ一人で行って、心してみるべき映画って感じです。

この映画には、愛する人を信じる/疑う/ 失う/ 取り戻そうとする、が綯交ぜにありました。

なぜタイトルが「怒り」なのか。

まっとうな幸せなんて1ミリも望めないのに、あがいてあがいて望んでしまう、「幸せ確度の低い人々」。
貧困・病気・家庭環境・育った場所・教育を受けられないとかいろんな事で、自分の「幸せ確度の低さ」を諦めなければいけないと知っている人々、でも諦められないという葛藤は存在するわけで。
その葛藤こそが、「怒り」。

映画中の殺人犯は、世界を呪い、怒っています。
怒りのあまり、厚意を受け取ることもできず、怒りが刺激され、殺人を犯します。
怒りの行先は、次なる怒りで、自分への怒りも他人への怒りの伝播も巻き起こします。

交錯する、3組のストーリー

  • 東京:クローゼットゲイのエリートサラリーマン・優馬(妻夫木聡)と新宿のサウナで出会った直人(綾野剛)。
  • 千葉: 家出娘愛子(宮崎あおい)とある日ひょっこり父親の職場に現れた青年・田代(松山ケンイチ)。
  • 沖縄: 離島の母親の恋愛沙汰で転校してきた泉(広瀬すず)と、無人島に勝手に暮らす奔放で優しいお兄さんの田中(森山 未來)。

3組のストーリーは独立したものとして進むけれど、風来坊的な男性との出会いで人生が変わっていく優馬、愛子、泉たちの心には、男性への愛情・信頼が育まれるのと同時に、「この人は八王子殺人の犯人では」という疑心が心に生まれてくるというのが共通点です。

【ちょっとネタバレ】愛子の慟哭の意味するところ

「信じる」という信仰を持たなければ、他者を愛することなんてできないですね。
田代(松山ケンイチ)を愛してしまった愛子(宮崎あおい)は、父親である洋平(渡辺謙)に「八王子殺人犯に似ている」と言われ、だんだんと田代を信じられなくなります。
その不信は、田代の失踪を招きます。
そして、愛子の慟哭。
その慟哭の意味は、とてもクリア。
小さいけども大事な大事な幸せを、自分の中の相手への疑念が壊してしまった、破壊スイッチを自分で押してしまったことへの慟哭とは、
破壊スイッチを押す前から、「あなたのこと、信じてないよ」とサインを送り、明確に言わなくても失踪の背中を押していた自分の疑念への「怒り」。

【かなりネタバレ】 最後の涙は愛、最後のまなざしは狂気、最後の絶叫はバイタリティ

  • 愛する人と死別してしまった人は、故人を信じきれなかったと悔やみ、涙を流す。
  • 愛する人を取り戻した人は、一生守ってみせると狂気を身にまとう。
  • 自分の不幸に胸を痛め、自分を守ってくれようとした人に気付いた人は、生きなければと決心する。

そんな、まっとうな・ありふれた幸せから外れた、「人生ハードモード」になってしまった3人の、未来が知りたいと思いました。
それは、私が、生きなければいけない未来。だから。

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