UOUSAOU

右往左往するアラサ―女子の、気ままな備忘録・雑記です。

実家がしんどい、と言ってもいいですか

■「盆と正月くらい実家に顔を見せるものだよ」

お客さんのCXOのおじさま(50代後半推定)に、ある時言われた。
「ユキさん、土日もなく連休もなく当社のために働いてくれているけど、盆と正月くらい実家に顔を見せるものだよ。帰りなさいよ。」

■実家がしんどい。

いつからか、私は盆に何かと理由をつけて帰らなくなった。
幸か不幸か、クライアントが365日企業なので、「仕事が平日通りあるの」と理由をつけて盆に帰ることはほぼなくなった。(実際、通常通り朝から夕方までクライアントとのMTGがあったりしているので、休みを取ろうにも難しいのだけれど。)

娘(私)が数年実家に居ついていないことは、父も母も分かっているようだ。
その距離を感じるのか、「いつ帰ってくるの」と父と母それぞれから何度も11月中からLINEが来た。
実際クリスマスくらいまで、仕事納めがいつになるのかわからなかったので、「まだわからない、たぶん29日とか30日あたりになるかとは思う。」と答えることしかできなかった。
それもきっと父と母を不安にさせたことだろう。

ハイシーズンなので、遠方の実家に帰るには飛行機代がいつもの倍近くなるのも一因だけれど、心がすり減るのを感じるから。
私は、実家がしんどい。

■いい歳になっても親の成果物なのか

大学入学してしばらくして、私は年上の男性と親密になり、それを察した私に母がものすごく怒って言った。
「あんたにいくら教育コストかけたと思ってるの。まさか卒業したら結婚するって言わないだろうね。教育コスト取り返すまでちゃんと働いて稼ぎなさい!」
当時の私は驚いた。そして傷ついた。
「今までたまたま母の望む方向性と私の望む方向性が一致してたから仲良くできただけだった。一致しないとき、母は応援してくれるとは限らない。」
と。
私は私の人生のために、大学を選んだり受験勉強をしたり、どういう人間になるべきかと日々周りから感じ取って考えて生きているつもりだった。
それはただ、母という庇護のもと、踊っていたに過ぎなくても、母の「子育て」というものの成果物として私は存在しているのかな?というショックだった。

私は、その人との結婚を見送り、今の会社に入社して、がむしゃらに働き始めた。

アラサーになって、母の周りの知り合いの子供(同世代)がどんどん結婚・出産し始めた。
「ばーばになっていないのは私だけなんだけど」
と母は何げなく言った。そして、
「ユキちゃん、一人で頑張ることが女の人生じゃないよ。結婚しなさい」
私は驚いた。20歳前半に間逆のことを言われた気がしたから。

もしかしたら、20歳前半は若さで恋に浮かれポンチになっていた若いバカな私への苦言だったかもしれない。
それにしても、アラサーの私に「ばーばになっていないのは私だけなんだけど」
と言った意味は、
「クリスマスにくまのぬいぐるみをもらえないのは私だけなんだけど」
と親にねだる小さい子供の論理と同じような気がして、ひどく混乱したし、やはり、私はまだ母にとって「子育て」というものの成果物なのかな?と思った。

ちょっとして、マイシスターの結婚が決まった。それからは露骨に私に、
「ユキちゃんが結婚してくれないと、安心できない」
というようになった。
ちょっと待って。誰か結婚という法的契約を結んでくれる男性が現れたからって私の人生はセキュアになるだろうか?
そんなに人生ってシンプルだろうか。
そんなこたーないだろう。それだったら世の既婚の皆さんはもっと満ち足りた顔で生きているだろうよ。
そして、母を安心させるためのアクションを常にとることをrequireされるとしたら、子供という個人は、親にとっての成果物・所有物であって、自由意志なんてないってこと?
そんなバカな…と私は思う。

ある意味、母は終始一貫している。
「娘(私)は自分にとって喜ばしい存在かどうか、YES/NO」というジャッジをいつもしているという面で。
嫁に行けていない私は、最近の彼女にとってはさほど喜ばしい存在ではないのだろう。

そして、年の瀬、こんなツイートをした次第。

■親子関係がうまくいかないとき、何が苦しいかというと

怒りとか悲しいってきもちがいつもおなかの中にたまっていく。

そして、発生した怒り・悲しみは、原罪みたいなものを感じさせてくる。容赦なく、追いかけてくる。
「親に対して何て人でなしなんだろう、私は」とブーメランのように、私は私を傷つける。
現在の私のすべての意思決定すら・生活すら、「人でなしの選んだ現在」と、肯定できなくなる。
それは、今の私を縛る。

赤の他人を愛せない場合よりも、親子という血縁の人間をまるっと愛せないと気づいたときの自己否定のエネルギーの強さ。
自己否定のエネルギーが生まれると、現在や未来に対して一生懸命まじめに頑張ること・生きることがむなしくなる。できなくなる。

今の私は、とりあえず、とりあえず、人生というでっかい海(と思ってただの小川かもしれないが)を泳がないといけない、泳がないとおぼれて死んでしまうって言うのに。
「親に対しても愛を注げない私は人でなし」という気持ちを持つと、あっという間に沈みそうになる。
一番近い親という人を愛せないで、赤の他人を愛せないよ…とか、そんなんでいくら仕事してもダメだよ…とか、卑屈な気持ちでいっぱいになる。
現在の私が頑張れなくなってしまう。

そして、私は、お盆に理由をつけて帰らなくなった。お正月は「義務」と決めて、ごく数日だけ帰ることにした。
だけど、「結婚しろ」が露骨に浴びせられる今、正月すらしんどいなと思うのが正直なところ。

親に対して、感謝をすることはできても、愛することはできていない、まだ。

■家族だからうっとおしい。じゃあどうして人は新たに家族を作るんだろう?

私を家族にしてあげようかなって考えてくれている年上の男性に、私はそうやって質問のLINEを送って、返信を待っているところ。