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右往左往するアラサ―女子の、気ままな備忘録・雑記です。

全ての愛に対して、平等に別離は訪れる

◾︎引越し先が見つからない師走

「故人と暮らしたこの家を出よう、引越し先を見つけよう」夏の終わりに猛烈な断捨離を決行しながら心を決めて四半期。引越し先の物件が見つからない。
To-Beの生活像は明確なので、あれやこれやと条件を設けた上で探していることや、そもそもエリア的に物件が多くないことも手伝って、「あっ!これ」という閃きが現れる物件に出会えない。

次の引越し先はそんなに長い年月暮らさないだろうという未来予想もありつつ、だけれども、私の再生計画第2弾としては是が非でも引越しをしたいところだ。

◾︎涙も枯れたところで次フェーズ

とりあえず、とりあえず、家のどこもかしこも故人がいた痕跡のある家にこれ以上いてはいけない。そんな気がする。

もう2.5年と少し、涙は枯れた。涙が枯れたということは、寝ても覚めても未来永劫故人という人は私のハートからリムーブされてはくれないということでもある。泣くまでもないということ、意識ある限りずっと心は故人に対して悲しみと悔しさと怒りと寂しさと行き場のない愛が入り混じるばかりということ。それが骨身に沁みた2.5年少しだったのだ、もうお腹いっぱいである。レッツゴー トゥー ザ ネクスト フェーズ!

Project Dressさんでこんな記事を見つけた。
https://p-dress.jp/articles/8039
私もこんな想像ができる人生ならよかったのになと思った。
筆者さんはeverlastingに幸せにパートナーの方と暮らしてほしい、心から。

◾️全ての愛に対して、平等に別離は訪れる。

心変わり、物理的な別離、そして死。
いづれのタイプの喪失であれ、例外なく平等に別離は訪れる。そして残念なことに上記の別離はいずれかもしくは複数選択可能と来たもんだ。人生って大変だな。
恐らく、誰もが愛と別離がセットであることを感覚的に知っているから、美容とか優越感とか恋愛(婚外含む)とか筋トレとかグルメとかなんだりかんだりと二次的な宗教を選択して傾倒していくのだろう。

◾️救済なんてなくていい、流れが止まらなきゃいい

愛がファーストプライオリティの宗教であることは、「人生のどこかの断面で身を切られるような痛みを伴うけど信仰してよね」と言われているようなものだからだ。痛みを紛らわすための他方の信仰が必要になる。
本質的な救済でなくても紛らわせられれば生き延びることができる。それが悪いことではないのだ。

私には、二次的な宗教が必要だ。
世界のどこにも安心がないことに怖がらないで生きていくために。